エギュイーユ・デュ・ミディ (3,842m) 。 おそらく、一般の人間がロープウェイで簡単に行ける最も高いところではないかと思う。 右には、モン・ブランが見える。後方にあるため、低く見えるが、いうまでもなくヨーロッパ最高峰である。標高4,810m。 「白い山」の名のとおり、周囲がごつごつとした険しい岩肌の針峰群であるのに対し、ひとつだけ頂に万年雪をのせた、なだらかな優しい純白の山である。
エギュイーユ・デュ・ミディに上って眺めたモン・ブランの頂上
エギュイーユ・デュ・ミディから北東の眺め
同じく北東方向の眺め。 写真左下に、小さく二人のアルピニストが見える。
中学生の頃、有名な登山家ガストン・レビュファの『天と地のあいだに』という映画を見たことがある。といっても、当時、私は、そんな登山家の名前はおろか、シャモニという地名も、フランス・アルプスについてもほとんど知らなかった。知っていたのは、マッターホルンと、井上靖の小説『氷壁』でその頃話題になっていたナイロンザイル切断問題でよく耳にしたアイガー北壁くらいで、ともにスイスアルプスである。アルプスというのは、スイスにあるものだとばかり思っていた。
この映画を見たのは単なる偶然だった。 私の中学の頃、映画は、邦画も洋画も、2本立てだった。まず、映画館に入って時間が来ると、15分程度のニュース映画が始まる。その後にメインとなる映画が上映され、終了後、短い休憩を挟んで、付録にもう一本つくのである。いまならメインが終われば、ぞろぞろ人が帰りそうだが、地方都市であったせいか、たいていの人は2本とも見て帰った。
そのとき、メインの映画に何を見たのか、まったく記憶がない。しかし、オマケのこの映画は、私の記憶からいまも消えることがない。シャモニのオベリスクのような岩峰を、はしごにでも登るように、すたすた上ってゆく。しかも、ものすごく高いその頂上の、わずかに座布団ほどしかない頂に、平気で直立するのである。そして、下りるときは、ロープで人工の簡易エレベーターを製作したみたいに、するする降りてくる。それをいくつかの峰でやって見せた。シャモニの壮大な山の風景もすばらしかった。そのおかげで生涯山に憧れるほど、大変な感銘を受けた。しかし、山を撮っただけの記録映画であったなら、そのような感動を受けることはなかったろうと思う。やはり、風景と同時に、優れた登山家の、少しも困難を感じさせないひょうひょうとした、だが超人的な技術を見たことが、心に強く何かを刻印したのである。この世にこういう人間とこういう世界があるのか、大自然とともに、そのことに私は圧倒されたのだった。
にもかかわらず、その映画がどこで撮られたものか、私はずっと知らずにいた。それを知ったのは、73年、初めてヨーロッパに渡り、エギュイーユ・デュ・ミディに上ったときだった。この針峰群は、あの映画のあの山だ、細部までじっと凝視してそう確信した私は、忘れていた長いあいだの課題をようやく果たせたような喜びにひたった。
さらに、この映画のあの登山家が誰なのか、それを私は植村直巳の本に出会って知ることになった。
植村直巳は、日本が生んだガストン・レビュファに勝るとも劣らないすばらしい登山家であり冒険家である。私は、不世出の奇跡のような人だと思う。たんに彼が征服した山や達成した冒険によって、すばらしいのではない。超人的な努力によって、超人的な技術を修得しながら、心底から人生に対して謙虚であるために、それをまったく誇らない。彼は、考えられないような難事を、「ひょうひょうと」、「すたすたと」、やってしまう、その姿において、奇跡のような人だと思うのである。植村直巳の書いたものを読むと、純朴で実直な人柄がよく分かる。本当に見事な文章である。何の技巧も、てらいもない。日々遭遇する壮絶な自然と彼とのあいだの事実を、淡々とわれわれの平凡な日常の記録のように記している。私は、一時期、彼が書いたあらゆるものを夢中になって読んだ。その読後感は、他の本では得がたいものがあった。心から、他人の行った行為によって、自分が励まされるのを感じた。素直に、人間はこんなにすごいんだ、と感動したのである。
その植村直巳が、青春期を回想しながら、ガストン・レビュファについて書いていたのだった。私がこの映画から受けた印象は、よほど強烈だったのであろう。20数年以上も前の映像とその記述とがすぐに結びつき、私は、この登山家が、この道では知らぬ者のない、シャモニを本拠地とするガストン・レビュファという人物であることを知った。
ガストン・レビュファと植村直巳(北極圏を犬ぞりで走破したときの写真)
エギュイーユ・デュ・ミディの北には、はるか遠くまで、このような針のような岩峰が続いている。ガストン・レビュファは、こういう岩に取り付いて「すたすた」登る。
左が、当時、映画のポスターに使われていた写真
エギュイーユ・デュ・ミディの東側の風景