香水の町、グラース (2010年)

 フランスの香水の3分の2は、ここグラースで作られているという。フラゴナール、ガリマール、モリナールというのが御三家で、世界中に輸出されているらしいが、実は、私はどれも知らなかった。後で、妻にフラゴナールのことを少し教わったが、妻も、ガリマールの香水とか、モリナールの香水とかは、一度も聞いたことがなかった。しかし、後で、シャネルとかグッチとか、オートクチュール系の香水のほとんどが、ここで作られていると知り、そのもとはたいがいこの三社のどれからしいと分った。匂いを作るのは、調香士 parfumeur とよばれる香りの専門家で、注文に応じて様々な匂いをブレンドし、香水の提案をする。オートクチュールはその提案の中から自社の性格や雰囲気にふさわしいものを選んで、自分のブランドで発売するのである。だから、この三社の名前が見えなくても、フランスの香水の多くは、ここの製品なのだ。

 

 左はフラゴナール社。一階から地階までは香水博物館になっていて、自然の動植物からどのように香りを抽出するか展示している。また、香水に関係する様々な道具類や器も展示している。一級の美術品と言っていいものが多い。他の2社に比べてフラゴナールが有名なのは、おそらく、香水だけでなく化粧品や他のファッションツールも売るようになったからだと思われる。オートクチュールの下にいるのが嫌になったパルフュンムリー(香水業)がオートクチュール化に挑戦しているのかもしれない。

 調香士の中には、独立して自分の店を持つ者もいる。宣伝として店頭に雑誌記事が置いてあったので、初めてここがそういう店だと知った。店先でこの記事を見ながら、中をうかがっていたら、まさにこの写真の人物と目が合い、中に招じ入れられた。リトマス紙のような小さな紙に様々な香水をつけて、それぞれの匂いの成分について説明してくれた。記念に、植物系のおとなしい香水を一瓶お土産用に買った。あげる人には、ぜひこの調香士について説明しなくては、と思ったが、結局、お土産を渡すときには、有名なグラースで買った香水、としか言えなかった。

 エルバ島を脱出したナポレオンは、グラースで一休みしたらしい。「ナポレオン、1815年3月2日、ここにて休息す」と記されている。フランスにとって、百日天下は百害あって一利なしだったと思うが、稀代の英雄の偉大さの前では、そんなことはたいしたことではないのだろう。