サントーギュスタン教会 (2010年)

 サントーギュスタン教会は、19世紀に建立された鉄筋の教会である。しかし、一見、17世紀バロック期のものかと思わせる。それは、鉄筋を石で巧妙に隠して装飾しているからである。もし、これだけ大きなドーム(パリで一番大きい)を石で作るとなると、並みの技術と資金では不可能だろう。やはり、鉄のおかげなのである。しかし、近年、ことに内部の痛みが激しくなって修復が必要となっているが、どうもこの近代的手法が災いして、簡単には進まないようである。

  

 漆喰の落剥から人を守るために、ドーム内部の天井直下にネットが張られている。おそらく、わずかな亀裂から水が浸入して鉄骨に錆びが生じ、それによって体積が膨張して周りを破壊するからではないかと思われる。鉄筋を用いた建造物に共通の問題である。

 サントーギュスタン教会の近くで、このような店を見つけた (2010年)

 ショーウィンドに飾られているのは、蜜蝋に刻印する道具である。指輪型もあれば、印鑑型のものもある。これはどういうときに使うのか、かつては重要な書簡や書類を封印するのに使ったのだろうが、今どき・・・歴史上の外交文書とか条約文書とかに見かけはする・・・しかし・・・? また、隣のショーウィンドには、次のようなものがあった

 蔵書票 Ex-libris である。

 蔵書票などというものは、およそ日本人には縁がないが(もちろん愛好家はいて、「日本書票協会」という組織まで存在している)、西欧では20世紀になって安価な本が巷にあふれるまで、大いに流行っていたらしい。かつて西欧では、一般に、本は、仮綴じのものをペーパーナイフで切って読むが、優れた本・大事な本は製本屋に製本に出して美麗な表紙を付けさせる。オーダーメイドで、自分の好みに従って、たとえば、モロッコ革の背にローマン体の金文字、マーブル紙に茶色の革で縁取りを付けて30ポイントの大きさでタイトルを打つ、などといった具合に指定できる。そして、仕上げに蔵書票を本の見返し部分に張るのである。本1冊の価格が1万くらいだとしたら、ピン・キリではあろうが、製本費に5千円くらい、蔵書票1枚に千円くらい(デザインと印刷を発注して100枚10万円で刷らせたとして)・・・これは庶民にはちょっと手が出ない。ともあれ、本は、最終的には、書斎に飾られ、知性と富を誇示する室内装飾と化す。カッコウイー財産だったのである。

 蔵書票には様々なデザインがある。著名人の蔵書票は、好事家に高価で取引されている。また、有名画家がデザインしたものもあって、それも美術品同様に売買されている。普通の印刷のほかに、木版のような素朴なものもあれば、お札のような精巧なエッチングによる驚くほど質の高いものもある。さて、この店は、蔵書票のデザインと印刷もやっている、ということであろう。いまや、この店は歴史文化財といっていいかもしれない。封印具も蔵書票も、商売としてはたぶん、この店主の代で消えてゆくのではないだろうか。さびしいことだが、時代は変わっている。で、私は、時代に取り残されたこの店に偶然出会って、当日のパリ散歩がとても充実したものとなった。

アルフォンス・ミュシャがデザインした蔵書票