サン・マルタン運河 (2010年)
パリはイル・ドゥ・フランス県にある。「イル」とは島、という意味であるから、直訳すれば、「フランスの島」県ということになる。
なぜ島とついたのか、私がかつて読んだ本によれば、この辺りには多くの川が集まり、あちこちに湿地が広がってまるで水に取り囲まれた島のようだったから、あるいは、増水すると、一帯が海のようになり、高いところだけが島のように水に浮いているから、という。事実、たくさんの川がパリとその近郊でセーヌ河に合流する。ワーズ川、マルヌ川、ウルク川、イエール川、オルジュ川、エソンヌ川、など、など。
川は、近代まで、陸路とは比較にならぬほど重要な運輸の手段となっていた。パリの紋章は、驚いたことに、帆掛け舟である。かつて交易、運輸、給水など、川に関わる商人の組合長がパリ市長となり、大きな権力を持っていた頃の歴史が、パリ市紋章となって今に残っているのである。いつしか往時の船の繁栄は失われたとはいえ、それでも今なお、川が重要な運輸手段であることにかわりはない。
<パリの紋章。銘文はラテン語で「たゆたえども沈まず」(「波に洗われ揺られても沈まない」)。冠はかつてパリを囲んでいた城壁、その下の百合の図案はフランス王家の紋。右は月桂樹で左は柏。勝利と力、あるいは繁栄を意味するとされる。下にぶら下がっているのは、レジオン・ドヌール勲章、ロレーヌ勲章、第一次大戦十字勲章だが、20世紀になって足されたもので、それ以前にはない。パリの警察官はこの徽章をつけている。また、パリ区役所や、警察署、消防署の入り口の上には、たいていこの紋章がついている。そのほか、注意して見るとさまざまな場所でこの紋章に出会うことができる。>
フランスの各地には運河が掘られ、それによって大河と大河が連絡されている。セーヌ河はウルク運河、あるいはこのサン・マルタン運河によってマルヌ川に繋がり、マルヌ川はまた新たな運河によってモーゼル川に繋がり、モーゼル川はコブレンツでライン川と合流して北海に注ぐ。つまり、この運河を通って、ルクセンブルグへ、ドイツへ、オランダへ、ベルギーへ、さらに海を越えればどこにでも行けるのである。
サン・マルタン運河は、途中から地下に入る。トンネルを抜けてセーヌ河と繋がっている。地下水路を通る運河の景色は、どんなものだろうか。一度そこを通ってみたい。パリのセーヌ河岸から、サン・マルタン−マルヌ−モーゼル経由ドイツ行き、という船便はできないものだろうか。
船で物資を運びながら、船を棲家として生活する人。植物に水をやっている。 (2005年)