パリ商品取引所 (2010年)
市場 Bourse には商品市場(商品取引所) Bourse de commerce と株式市場(証券取引所) Bourse de valeur の二つがあって、両者は歩いて数分の距離にある。また二つの市場のすぐ近くにはフランス銀行もある。したがって、この辺りがフランス経済の中枢ということになるはずである。しかし、界隈をぶらついた印象では、あまり活気が感じられなかった。ことにこの界隈にあって19世紀あれほど賑わっていたパッサージュは、どこも人通りが少なく、何店かはシャッターを下ろしたままで、全体が今や風前のともしびのように思われた。時代が変わって、電子情報で取引するようになり、人が走り回らなくなったせいだろうか、この界隈に人が集まる印象は乏しかった。
パリ証券取引所(青い18番)
人通りの少ないパッサージュ
この界隈を歩いておもしろかったのは、古銭を商う店が何店もあったことである。100年前まで、金(カネ)と言えばまさにカネ(金属)で、紙幣ではなかった。ナポレオンが行った通貨改革によって、フランスでは百年以上にわたって物価がきわめて安定していたが、それはカネが価値相当の金や銀の貴金属貨であったからである。その金貨や銀貨は、共和政以前、おそらくローマ帝国の伝統にならってだろう、統治者が変わるたびに重さは変えずに図案だけ変わった。表には必ず統治者の横顔のレリーフを刻むと決まっていたからである。したがって、金貨銀貨についた顔を見れば、それがいつの時代のものかわかる。歴史の好きな人間は、きっと集めたくなるだろう。しかも、金・銀だから一定の価値は保証されている。たんなる貯蓄のつもりから趣味に高じた人もいるかもしれない。逆もあるかもしれない。ともあれ、まだまだフランスには、古銭収集の趣味を持った人がたくさんいるようである。
ナポレオン金貨(左)とルイ・フィリップ金貨(右)。ともに20フラン。
サン・トゥスターシュ教会 (2010年)
パリ商品取引所に隣接してサン・トゥスターシュ教会がある。建立は1532年から1640年の間というから、古い教会である。内陣の奥行きの浅いヴォリュームが、そのまま独特な姿の外観を作り出して、私は他にない大変面白い教会建築だと思う。レ・アールの中心にあるから、かつてはブルジョワ信者が多く集まって華やいでいたことだろう。リストがここのパイプオルガンを演奏した、との記述が教会案内に見える。しかし、いまはちょっとさびれた印象だった。ことに教会正面口の脇には、ゴミ収集車が鉄の両腕のようなクレーンでその中身を回収する大きなゴミ箱があって、なにかかつての華やいだブルジョワ文化を辱めているようにさえ感じた。一方、側面の方は、公園に隣接していることもあって広い空間の中心に現代彫刻が置かれ、パリを感じさせている。手がなければブランクーシの彫刻の大きなレプリカのようだが、顔の作りが少し高貴さに欠いて、この個性的な教会の荘重さには合わない気もしないでもなかった。