サン・ジェルマン・デ・プレ教会 (2010年)
パリ最古の教会で、11世紀に建立された。ただし、塔のとんがり屋根は19世紀に載せられたものである。
サン・ジェルマン・デ・プレが有名なのは、この古い教会だけによるのではあるまい。ここの界隈の持つ知的でエレガントでお洒落な雰囲気によるのではなかろうか。この教会からアンヴァリッドまでのエリアは、19世紀まで、上流貴族たちの住まいだった。そのサロンには政治家や高級官僚だけでなく、一流の文人、音楽家、芸術家たちが集い、高度な知的文化の発信地ともなっていた。バルザックの『人間喜劇』では、フォーブル・サンジェルマンというだけで、もう書割ができてしまう。大貴族独特の美学がその名には沁み込んでおり、地名が品位とエレガンスを表す。たとえば「夫人はフォーブル・サンジェルマンの邸からオペラ座へ向かった」とあれば、それはブルジョワには真似できないとても趣味のいいドレスを着て、美麗な4輪馬車に乗り、オペラ座2階か3階に年間を通して借りきっている小さな書斎ほどのロージュ(ボックス席)へ向かったということであろう。ともあれ、そうした歴史の名残が、この界隈にはまだどこかに残っている。
教会に向かい合って、渋谷にも支店を出したカフェ・ドゥ・マゴがある。その隣には、同じくフランスカフェ文化を代表する、カフェ・ドゥ・フロールがある。ともに、戦後一時期、サルトルやボーボワール、ボリス・ヴィアンやグレコなど、実存主義者や戦後の新しい文学・音楽を担った人々が盛んに出入りしたカフェである。もともとサン・ジェルマン・デ・プレには、貴族の邸ばかりでなく大学やグランド・ゼコル Grandes Ecoles (一般大学の上に君臨するエリート大学)が隣接していたことから、若々しく自由で知的な雰囲気が戦前からあった。1930年代には、アンドレ・ブルトンや彼の仲間のシュールレアリストたちが、あるいはコクトーやディアギレフたちが、ここで盛んに会合を開いている。しかし、その後、この雰囲気をさらにブラッシュアップし、知的パリを代表する界隈にまで高めたのは、やはり、さきの戦後世代だろう。
サン・ジェルマン・デ・プレには、また、多くのブティックが軒を並べている。もしかするとシャンゼリゼやフォーブル・サントノレで買い物するのは外国人かお上りさんで、お洒落なパリっ子は、こういうところで買い物するのかもしれない。そこかしこに、小さな店舗なのに実にシックで上品な飾り付けをするウィンドーを目にすることができる。しかも隣りは古本屋だったり、と。ともかくこの一帯には、インテリジェンスとエレガンスがそこはかとなく漂っている。
左がドゥ・マゴ Deux Magots 、右が フロール Flore