モン・サン・ミッシェルはどうしてこれほど美しいのか。かすかに望める彼方から、また城門へいたる堤の真正面から、様々な距離と、様々な角度から、二日にわたっていくどもその姿を眺めながら考えた。この風景には、いわばヒーローとヒロインがいるのではあるまいか。常にスポットライトを浴びているヒーローがモン・サン・ミッシェルだとすれば、スポットの外にいながら、実はプロットの中心でヒーローを支えている控え目で重要なヒロインが、ノルマンディーの自然である。ツアーのバスに乗り、モン・サン・ミッシェルの正面に着き、時間に追われて島と修道院だけ見学して帰ると、おそらく見落としてしまうだろう。少なくとも、半分はおいしいところを逃す気がする。ゆっくり少しずつ近づいてゆくと、モン・サン・ミッシェルを美しく演出しているのは自然であり、逆に、周囲の自然を崇高なほど美しく感じさせるのは風景に溶け込んだこのモン・サン・ミッシェルの存在だと気づく。両者は対等で不可分で渾然と一体になっている。だから、モン・サン・ミッシェルの本当の美しさを味わうためには、巡礼のように、いくどもいくども足を止め、その姿を眺める必要があるのかもしれない。せめて、車の旅でも、一挙に距離を縮めないで、ヴューポイントごとに遠くを望むといい。

 グランヴィルを海沿いに南下していると、不意に牧場の彼方にモン・サン・ミッシェルの姿が遠望できた。

 コタンタン半島の付け根に当たる海岸から眺めたモン・サン・ミッシェル。

 望遠で撮るとはっきりシルエットが分かる。

 モン・サン・ミッシェルの姿が最も美しく思われたのは、モン・サン・ミッシェルとコタンタン半島との間に広がる、海の湿地帯とでもいったらいいのか、こけのような塩に強い牧草が海べりにまで生えている牧場から眺めたときであった。これほど美しい風景に、私はいまだかつて出会ったことがない。

 望遠レンズで撮影

 

 畑の向こうに見えるモン・サン・ミッシェルもすばらしい。昔の巡礼たちは、こうして少しずつ大きくなるモン・サン・ミッシェルに、憧れと厳かな喜びを感じながら歩き続けたことだろう。

 

 ここまでくると、もう間近かである。堤を渡りきると城門が口を開けている。

 

 門を入ると、細い道の両側にレストラン、カフェ、みやげ物やが軒を連ね、教会までずっと続く。

モン・サン・ミッシェルに入城して、教会の高みから周囲の塩のひいた干潟を眺めるのも、また美しい。

 

 モン・サン・ミッシェルは時間と共にまた別の美しさを見せる。夕暮れのばら色に染まったその姿は、誰にとっても懐かしいあの大気の温かさを思い出させてくれる。

 夜間照明が点ったモン・サン・ミッシェル。7時頃であったろうか。