アンスパッシュの村役場前広場 La Place devant la mairie de Hunspach  (2010年)

 フランスの白川郷、というのが一番分かりやすいと思う。アンスパッシュは、村の家のほとんどがこの地方独特の伝統建築様式によって建てられている小村である。

 写真だと、世界の様々な変わった建物を知っている現代人には、とりたてて新奇なものを感じさせないかもしれない。しかし、実際に村に入って、どの家もどの家もみな同様の、統一のとれた様式であるを目にすると、おのずと特別な空間に自分がいるという感激がわきあがってくる。景色は、やはり、そこにある空気も大事なのである。

 

 見てのとおり、村の道にはゴミ一つ落ちていない。小さな村に、都会のような清掃人がいるはずもなく、おおかた住人たちが自分の家の近辺を清潔に保っているのだろう。事実、村役場から教会に折れる道の角で、一人の老婆が道の清掃をしていた。その老婆を見て、妻が、この人に見覚えがある、と言い出した。そんなこと、あるはずがあろうか、とまったく意にも介さず受け流していたら、何か思い出したらしく、役場でもらったパンフレットを取りだした。ほら、この人よ、と、妻はパンフレットの右上の老婆を指さした。確かに、そうだ、この人だ! と、別段、有名人を見つけたわけではないが、われわれにはこの村の特色がそこに凝縮しているように思われて、感動した。そして、妻は、その感動を残しておくために、老婆のところまでカメラを提げてゆくと、写真を撮らせてほしい旨をゼスチャで告げ、何枚かシャッターを切った。それが下の写真である。

 

 村の伝統的衣装を着ているが、この人に違いない。

  

 昼になって、見たところ一軒のレストランも村にはないようなので、村でただ一軒のパン屋に入った。東洋人は初めてなのか、全員の視線を感じた。混んでいる。もしかすると村の全世帯が買いに来るのか、ひっきりなしに人が入っては出てゆく。通りを歩いている人はほとんどいないのに、店内は、数人ではあるが、行列になっている。

 

 われわれもパンを決めて列に並んだ。そして、並びながらショーウィンドを見ていたら、キッシュのようなもの(左の写真)があるので、これをおかずにしようと思いついて、パンと一緒にこの一片を買った。食べるまで、ふきのようなものがクリームソースと一緒に焼きあげられている、と思ったが、ぜんぜん違っていた。これはおかずではなく、お菓子で、ルバーブというイギリスやフランスではよく用いられる植物そのものに甘みと酸味がある材料を使ったものらしい。おかずではなかったが、とてもおいしいお茶うけとなって、満足だった。

 右の写真が、そのルバーブ(英:ルバーブ rhuberb/ 仏:ルバルブ rhubarbe)である。ただし、これはイギリスの市で撮ったものでフランスのものではない。しかし、物は同じはずである。日本のふきによく似ているが、根元に糖分が蓄積されて赤い。全体に赤が行きわたったものもある。

 村の通りの窓には、あちこち、このようにガラスが膨らんだものがある。外から中が丸見えにならないように作られたガラス窓だそうである。このような特別の窓ガラスを作る職人がまだおり、この地方では流通している、ということに驚いた。

 野菜や果物の無人販売所というのは日本だけかと思っていたら、ここにもあった。この村がいかに平和かを示している。